ヤコブ病で寝たきりの奥様を看病される山村伊吹さんの文章
□はじめに

 
本来、ヤコブ病というのは100万人に1人しか発生しない極めて希な病気ですが、脳外科手術などで『ライオデュラ』というヒト乾燥硬膜が移植された患者について、その500倍の確率でヤコブ病が発症しています。このヒト乾燥硬膜の移植を原因とする病気を薬害ヤコブ病というのですが、日本で多数の患者が出ていることが問題になっています。
 この問題は厚生省が危険を知る得る立場にありながら対策を怠って被害を拡大させたという点で、『第二の薬害エイズ事件』とも呼ばれ、現在、患者とその家族より厚生省と加害企業に対して裁判が起こされています。
 2000年10月末現在で厚生省が認知している薬害ヤコブ病の患者数は72名ですが、潜伏期間が長いため今後とも患者は増える見込みです。また、発症後1〜2年で死亡するため、早急に患者支援対策をとる必要があります。
 病気の特異性と対策の緊急性を理解していただくために、私の体験を通して薬害ヤコブ病患者の実態をお伝えします。



□発症        病気じゃない!

 つい最近まで旅行に行ったり公民館のサークル活動に行ったりして元気だった妻(当時52歳)が、『めまいがする、吐き気がする』と言い出したのが1998年10月の半ばでした。かかりつけの内科医にかかりましたが、原因不明でした。そのうち頭が小刻みに揺れる症状が出てきたので、脳腫瘍の再発を疑い13年前手術(この時、ライオデュラが使われた)を受けた地元のC大学病院の脳外科に行きました。10月末より11月初旬にかけて通院し検査を受けたのですが、どこも異常がないということでした。そのうち、まっすぐ立つことも出来ず、食べ物を食べることも出来ず体が衰弱したため、一週間ほど入院して点滴を受けました。一週間後に主治医より『どこにも異常はない。一時的に脳の血流が悪くなったのでしょうから、しばらく家で様子をみてください』と言われ退院させられました。

◇めまい、吐き気、頭の振れ等の初期症状から病名を特定することは難しいことは分かりますが、患者が苦痛を訴えているのに医師は『どこにも異常がない。病気ではない』といいます。
 脳腫瘍や髄膜腫等で手術を受けたことのある患者は誰しも病気の再発を疑い頭の手術をした脳外科医を訪ねるのですが、もともと神経内科の病気であることや、脳外科医の頭からはライオデュラとヤコブ病との関連がすっぽり抜け落ちていることが多いため、ヤコブ病の疑いすら持たず『病気ではない』と断言するようです。そんははずはないと、患者はあちこちの病院を巡るのですが、診断結果は同じです。 そのうち、記憶力の低下や行動障害も出てきて終日寝ていることになりますが、どこにも異常はなく病気ではないとなると『なまけ病だ』とか『一時的なウツだ』とか『一過性の神経症状だ』と断定し、患者の訴えをまともに取り上げようとしないようです。患者のたび重なる苦痛の訴えに対して、やがて精神病だということになり精神科に移された事例がたくさんあります。



□再入院  病気が分からないから治療法がない!

 地元のC大学病院を退院したものの、めまいや吐き気は治らずひどくなるばかりでした。食べ物を受け付けず体の衰弱もひどくなるばかりでしたが、『どこにも異常はない』と言われた手前、C大学病院にも行けず途方にくれていました。その後、娘のツテで11月28日に東京のK大学病院の耳鼻咽喉科に入院することができました。
 その病院では、内科、脳外科、精神科、婦人科等各科の医師の診断を受けましたが、最終的には神経内科の病気ということになり12月22日に神経内科の病棟に移りました。その頃になると、食事をするのを忘れたり、夜中に脅えたような大声を上げるようになりました。性格が変わってきたこと、自分でトイレに行けなくなったこと等病状は大きく変わりました。
 入院以来、検査検査の連続で、痙攣止めを除いてはたいした治療はありませんでした。症状は悪くなるばかりでしたが、病名が分からないから、治療法が分からないということでした。
 12月の末になって、病気はヤコブ病かミトコンドリア脳筋症に絞られたという話はありましだが、それがどんな病気でどういう治療をするのかの説明がないままに、年明けとなりました。
 1999年1月4日、病院から呼び出しを受けてかけつけた時、妻は物も言えず耳も聞こえず体も動かせず目を開いたままベッドに横たわっていました。 前年の10月中旬、めまいと吐き気を訴えてから、わずか80日で無動性無言(植物人間)の状態になりました。
 この時点でヤコブ病の診断が下り『治療法がないこと、余命は1〜2年なること』の説明を受けました。病名が分かった段階では、妻との意思疎通もかなわず、死を待つだけの絶望的に状況になっていました。

◇私の場合はK大学病院に検査入院できたため、病院を転々とすることもなくヤコブ病という診断が下されたのですが、専門医の意見によれば、脳外科、精神科はもちろん精神内科でもヤコブ病の診断は極めて難しいということです。
 もともとヤコブ病(旧来型、古典的)自体が希少難病にて臨床事例が限られていることに加えて、パーキンソン病やアルツハイマー病等類似の症状を示す病気が多々あるからです。その上、薬害ヤコブ病は最近出てきた病気であり、ヒト乾燥硬膜との関係を知らない医師が多いこともあります。
 従って、ヤコブ病とは分からずに、類似症状を示す病名で診断され、死んで行った患者がたくさんいるものと思います。ただ、精神病とは少し違うような気がしますが、往々にしてキチガイ扱いで精神科に回されています。中には鉄格子の付いた精神病棟に収容された患者もいます。



□医療差別       感染する怖い病気だ!

 妻は無動性無言の状況に陥る前日の1月3日に6人部屋から個室に移されました。これは妻がうめき声を上げるので、他の患者の迷惑になるからです。 ところが、それまで普通の患者として医師も看護婦も通常に扱ってくれたのが、ヤコブ病と分かってから態度が一変しました。ノドから痰を吸引する措置ですら、新人ドクターは主治医の指示がないと取ってくれませんでした。チアノーゼが出た時、血中酸素量を測定するSpO2 モニターの装着を頼んだら『他の患者に使えなくなるから』と断られました。看護婦は目にゴーグルをはめ、口にマスクをして遠方からおずおずと患者に触りました。口腔ケアが不十分にて室内は口臭が充満していました。数日後、感染病棟の看護婦が来て指導した後、少し改善されましたが、医師も看護婦も感染を恐れていることがありありと見えました。

◇ヤコブ病患者は病名が分かった時点で感染を怖れてか個室に入れられますが、個室の差額ベッド料もかなりの負担になります。私の場合、差額ベッド料は1日3万5千円でした。(注1)
◇病院での医療差別については、患者家族がひとしく悔しく思っていることです。薬害ヤコブ病の患者に人工呼吸器の貸用を拒んだ事例、入院中一度も風呂に入れてくれなかった事例、掃除のおばさんまで、患者の部屋には掃除に来なかった事例等々枚挙にいとまありません。
 薬害ヤコブ病と感染の危険性について、専門家の医師に譲るとして、少なくとも患者に接触したくらいで感染するものではない、通常の看護で簡単に感染するものではないことは知ってほしいものです。
 極言すればライオデュラのように直接体内に植えつけでもされない限り、そう簡単には感染しない病気なのです。ただ、厚生省の作成した看護マニュアルを厳格に実行すれば、私たちが受けた不愉快な体験は仕方ないものかも知れませんが、患者家族にはなんの説明もなく突然家族の目の前で医師や看護婦が態度を変えることは、治療差別、看護差別、人間差別としか思えません。(注2)



□転院       入院先がない!

 ヤコブ病の診断が下りて、数日後主治医より、『治療法のない患者は大学病院にいつまでも置くわけには行かないので、転院してほしい』との申し出がありました。
 大学病院より紹介された数ヵ所の病院に行ったみたのですが、ヤコブ病の症状や看護のことを話すと『そんな難しい病人はうちでは到底看られません』と言われたり、神経内科の医師がいないとか、いてもヤコブ病患者を診たことがないという病院ばかりで、先方から断られる場合とこちらから断る場合とあり、なかなか転院先がみつかりませんでした。
 保健所経由で国立病院にも当たってもらいましたが、3ヵ月程度しか入院できないということでした。大学病院よりは転院をしっこく迫られていたため、必死に探した末、やっと県内に病院をみつけることができました。
 3月8日、大学病院を追い出されるような形でこの病院へ転院しました。幸い理解のある医師に巡りあえ、妻は現在もこの病院に入院しております。発症以来3回目の春を迎えることができました。

◇患者家族が一番困ったことは入院させてくれる病院がないことです。いったん入院させてもらっても数ヵ月で転院を迫られます。本人の責任で病気になったわけでもないのに、ヤコブ病というだけで治療や看護さらには入院を拒まれるというのは患者家族にとつていいようのない悔しさです。
◇発症から死亡まで短期間であること、病気の重篤性・急進性よりほとんどの患者が病院で死亡しております。短期間で四肢麻痺と意識障害、いわゆる植物人間の状態になり、生命維持のためには経管栄養、気管切開、さらには人工呼吸器の装着等が必要であるため、自宅介護は例外中の例外です。
 だからこそ、患者家族にとっては、患者を安心して預けられる病院の確保が焦眉の的なのです。(注3)




□公的機関の無理解    ヤコブ病ってなに?

 ヤコブ病と宣告され途方にくれていたが、とにかく患者団体に相談してみようと思い、難病団体連合会に電話しました。ところが、『ヤコブ病の団体はない』という返事でした。
(注4)
 これまで使った医療費をかなりの金額になり、今後も医療費がかかることを思うと医療費の公的扶助を受けるしかないと思い、福祉事務所に相談に行きました。そこでは『ヤコブ病って何?』という反応でしたが、難病支援策の説明を受け申し込み用紙をもらい、その足で保健所に行きました。さすが保健所はヤコブ病のことは知っていましたが、『治療法がなく余命がわずか』ということの理解は乏しかった。福祉事務所、保健所ともに申請から実際に給付をうけられるまでには3ヵ月程度かかるという説明でした。
 区役所の年金係にも行きましたが、病気の理解はまったくなく、発病後1年6ヵ月たたないと障害年金はもらえないとの説明でした。蓄えも取り崩して資金的に苦しくなっているのに、数ヵ月先にしか給付がないと思うと暗たんとした気持ちになりました。

◇薬害ヤコブ病患者は病気を治してくれる病院を求めて病院を回ります。その間、家族は仕事もできず患者の世話にかかりきりとなるため、収入支出の面両から大きな負担を強いられます。
 ヤコブ病には各種の公的扶助制度があるのですが、その相談窓口たる福祉事務所や保健所や市町村役場の係にヤコブ病に対する理解がないことです。分かりやすく説明し、迅速に手続きを進めてもらえば、支援を受けられたのに、なんの支援を受けられないままに患者が死亡しているのが実情です。

●現在、ヤコブ病の公的扶助制度には下記のものがあります。
@特定疾患研究事業による医療費の公費負担制度
 治療費は全額公費負担    
 申請窓口は保健所
A難病見舞金制度
 都道府県で金額は違うが月1万円前後の見舞金が交付される。
 申請窓口は福祉事務所
B身体障害者福祉法にもとづく医療費助成制度
 ヤコブ病以外の病気についても医療費が公的負担となる。
 申請窓口は福祉事務所
C国民年金法にもとづく障害基礎年金
 年間約120万円程度の年金が出る。
 申請窓口は市町村役場の年金係




□要望事項     もっと病気のことを知って!

 薬害ヤコフ病については、原因不明の病気になり直ぐに死亡したとか、急速に痴呆が進行したとかで、とかく興味の的になりやすく、一方では治療法がないことで恐ろしい病気とのイメージがありますが、この病気は遺伝するものではなく、家族感染、空気感染、接触感染等の危険はありません。
 この病気になったことに患者や家族にはなんの責任もありません。患者は罪のない被害者なのです。病気に対する無知と偏見が差別に繋がります。
 私たちは医療関係者を含めて広く世間の人に薬害ヤコブ病のことを正しく理解していただきたいのです。
◇医療関係者の方へ
 薬害ヤコブ病について、理解を深めてください。特に脳外科医はヒト乾燥硬膜を使った患者については一度は薬害ヤコブ病を疑ってみてください。医療機関の方は感染を怖れたり、看護や介護に手間がかかるという理由で、医療や看護を拒んだり、入院を拒んだりしないでください。
◇市町村の難病関係担当者へ
 薬害ヤコブ病について相談を受けたら、分かりやすく説明して迅速な手続きをお願いします。手続きに時間をかけているうちにも患者は死んで行くのです。
◇葬儀業者の方へ
 死体に触れても感染するものではありません。普通の病死と同じように葬儀してくださ
い。
◇国に対して
 薬害ヤコブ病は国が承認した医療器具により発症した病気です。患者やその家族にはなんの責任も ないのです。責任の一旦を担う国が『裁判所の判 断が出るまでは、責任も認めず救済措置もしない』 という態度は改めてください。裁判を引き延ばし、 対策をとらないうちに、患者は次々と発生し、次々 と死んで行っております。司法判断を待たずに、行政として今すぐにもでも救済措置がとれるはずです。




□おわりに

 私たち患者家族は薬害ヤコブ病により最愛の妻や夫や子供を失いました。生きていても化石のように生きているだけです。その命さえも絶たれようとしています。国や企業の無責任な行為で私たち家族の幸せが奪われたのです。この悔しさ、悲しさが怒りとなって、裁判を起こしました。
 2OO1年1月末現在、大津で11人、東京で9人計20人(うち生存患者は4人)の患者とその家族が裁判をしています。(管理人注:2001年8月現在、大津訴訟原告は29名・被害者数で13名、東京訴訟原告は22名・被害者数で9名です。なお両訴訟あわせて被害者数合計は22名、うち生存原告は2名です)
 被告はライオデュラを製造したドイツの大手製薬企業Bブラウン社、その製品を輸入し販売した日本ビーエスエス社、及び十分な調査もせず安易に輸入承認をし、その後たびたび危険情報が発せられていたにもかかわらず使用禁止をしなかった厚生省の三者です。
 この訴訟は単に20家族の薬害訴訟だけではなく、日本の医薬行政を問う訴訟です。裁判所の判断をもとに、訴訟に参加できなかった患者や今後発症する患者等すべての薬害ヤコブ病患者を救済することを目的としています。
 二度とこのような薬害を起こさせないためにも、この訴訟に勝たねばならないのです。どうか、私たちの訴訟について、ご理解とご支援をお願い致します。


(注1、3)
 私たちの要請をうけて厚生省は2000年11月、下記内容を都道府県の難病対策担当に通知した。
 @通常の接触では感染しないため、隔離の必要はない
 A個室に入れる場合は差額ベッド料は徴収してはならない
 B入院先確保に協力し、どうしても入院先がない場合は国立病院で受け入れること

(注2)
 現行の看護ニュアルが不必要に過剰な注意を求めているため、厚生省で目下改
定中にて3月末には改訂版が出る見込み。 

(注4) 薬害ヤコブ病の相談窓口
 トップページ記載の「薬害ヤコブ病東京支える会」あるいは「CJD薬害訴訟を支える会(大津)」まで

<参考書>
 井本里士著「薬害ヤコブ病−見過ごされた警告」(かもがわ出版)
 薬害ヤコブ病問題シンポジウム実行委員会編「薬害シンドロームを絶て!」(ケイ・
アイ・メディア)
この文章は、『薬害ヤコブ病の患者家族の実情と要望』というタイトルで、『難病と在宅ケア』2001年4月号に掲載されたものです。