林琢己君の絵画遺作展を
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 〜 いのちの表現 〜

薬害ヤコブ病に夢絶たれ 

林 琢己 絵画遺作展

(入場無料)

 薬害ヤコプ病訴訟は昨年7月2日に大津、7月16日には東京と共に結審し、両地裁は早期解決を図るため和解勧告を行ないました。しかし被害者の林琢己さんは、裁判の解決を見ることなく、昨年1月20日、32歳の若き生涯を閉じました。汚染されたヒト乾燥硬膜ライオデュラさえ移植されていなければ、さらに多くの素晴らしい作品を描き続け彼の夢であった個展を自分の手で開くことが出来たのです。薬害ヤコブ病の被害者となった林さんの無念さは言葉では言い表せません.
 厳しいリハビリに耐え、一生懸命生きた証、彼の作品から「いのちの表項」を感じていただきたく、是非お一人でも多くの方に御覧いただきたいと思っております。

日時 : 2月2日(土) PM 1:00〜PM 5:00
        3日(日) AM10:00〜PM 4:00

場所  滋賀県甲賀郡甲西町 下田公民館 2階会議室

主 催 CJD薬害訴訟を支える会
Tel/Fax  0748−72−1478

 

 

林琢己君年譜

昭和43年(1968) 12月30日 大津市下坂本に生まれる
昭和48年(1973)   下坂本幼稚園に入園
昭和50年(1975)   下坂本小学校へ入学
昭和57年(1982)   比叡山中学校へ入学 野球部に入部
昭和58年(1983) 4月 脳腫瘍の手術後、手足に障害が残り車椅子生活となる(中2)
昭和60年(1985)   北大津養護学校中学部3年に編入
木下美術館において、中学部美術展“こころの詩”に水彩画「柿」を出品。多くの来館者から貫賛のメッセージを受けて「描くこと」に意欲的に取組むようになる。
  4月 同校高等部に進学。
  7月 “手をとりあう12人展”に絵画出品、以後毎回出品
平成元年(1988) 3月 北大津養護学校卒業
  4月 県立むれやま荘に入所
3年間生活自立訓練を受け車椅子での日常生活が出来るようになる。さらに、2年間の職業訓練を受けワーブロと無線、商業簿記検定3級の資格を取得。
平成4年(1992)   むれやま荘を終了して自宅に戻る。お父さんとお兄さんの手で部屋をアトリエに改造、大津市児童美術教室で本格的に取組む.自宅でワーブロの仕事を始め、収入を得る。
車椅子バスケットチーム(アンファニー)の仲間と、大会に出場する。
平成10年(1998) 5月 いしづみの家共同作業所に入所
  6月 バスケット仲間と2泊3日の沖縄旅行に行く。
  9月 体調悪くけいれん発作を起こし、救急車で緊急入院するが一応治まり退院する。
平成11年(1999) 4月 再入院 原因不明の症状が起こり、あらゆる検査を受ける
  11月 「ヤコブ病」と診断され、再起をかけ闘病。
平成13年(2001) 1月20目 死去